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2017年09月04日

風景を眺めた

子どもの頃は田舎で育った。
だから、周りは山や川ばかりだった。
けれども、山や川のある風景をじっくり眺めたことはなかった。
いつも山の中にいた。あるいは川の中にいた。つねに自然の風景の中にいた。風景を外側から眺めることはなかったのだ。

すばらしいとか、美しいとか、感嘆の思いで風景を眺めた初めての経験は、いつだっただろうか。
たぶん、青年期が始まろうとしたときではなかっただろうか。田舎を抜け出して都会で生活を始めて、自然というものから遠ざかっていた時期のあとに、ふたたび山や川のある風景に接した、そのときはじめて、自然の風景というものを意識したと思う。
自然から抜け出したあとに、自然というものを客観的に眺めることができたのだった。そのときから、山や川や木々を風景として意識しはじめたともいえる。

犬は風景を見ない――と述べられているのは、赤瀬川原平の『四角形の歴史』という本で、とても興味深く読んだ。
「風景は犬の目に入っていても、犬の意識には届いていない。つまり犬の頭は風景を見ていない」という。そして、人間も昔は風景を見ていなかったという。
ちょうど、ぼくらの子ども時代と同じだろうか。必要なもの、すなわち人物や建物や動物などの、物しか見ていなかったのだ。

このことは、絵の歴史を振り返ればよく解るという。
古い時代の絵は、動物や弓などが壁や土器に描かれていた。その頃は、人間の目は犬の目と変わらなかったのだ。
風景画というものが登場するのは、モネやゴッホといった印象派の画家以後らしい。
キャンバスに絵を描くようになり、四角い画面を持つようになって、人間はそこに描かれた物のほかに、余白というものがあるのを知り、その余白というものを通して、初めて風景の存在を知り、それを絵の中に取り入れたのではないかという。

もっと古くは、「人間がおずおずと住居を建てて、その住居の壁におずおずと四角い窓が開けられたとき」(同書)ではないかと。
住居の窓も四角いフレームだったのだ。そして、この窓から見たものが、人間がはじめて見た風景ではないかという。おそらくは雨の日に、ぼーっと窓の外を見ていた。仕方なく、目的もなく見たものだった。風景はそんなところに在ったのだ。

よく見ると、自然界のあらゆるものは曲線でできている。いっぽう、今の人間社会はほとんど四角形でできている。この四角形の発見こそ、人類の考えの特許だという。
では、四角形というものはどうやって発見されたのだろうか。
物を蓄えることを覚えた古代の人間が、狭い小屋の中に貯蔵物を1列目2列目と並べていくうちに、スペースというものができ、そこから四角形の概念が生まれたという。物を整理するという行為から四角形と余白が生まれ、合理という考え方が生まれた。
「四角形は文明の基本となっていった」のだった。

「余白は無意味である。合理から生まれた四角形が、世の中から無意味を取り出したのは不思議なことだ」と、同書には書かれている。
さまざまな風景の中で、ぼくたちは意味がいっぱいの世の中に暮らしている。その反動として、ときどき四角形の外に、無意味の余白を求めたくなったりする。それが現代人にとっては、息抜きのようなものなのかもしれない。
それでは、風景を見ない犬には息抜きは必要ないのだろうか。
「(犬は)無意味を見て眠っている。犬はこの世にいる味だけを、味わっているらしい」という。
そういえば犬は、いつも穏やかな顔をして眠っているかな。


2017年07月28日

取り調べも受け

働き始めて数年のころ、立て続けにアンラッキーに遭った。

 歯医者に言われるがまま私は親知らずを抜いた。どれだけ痛いか知る由もなく。なので、抜歯した翌日は、血の味のする口で働いた。喋った。仕事場で泥棒に遭っていた私はその日、取り調べも受けた。喋った。

 身もココロもボロボロであった(´・ω・`)

 そして又、もう1本、親知らずを抜いた。今度は一針縫った。翌日は前回を踏まえて仕事は休みを取っていた。余裕かと思いきや、2日、3日――否、1週間、2週間? 痛みは延々と治まず、いつごろ完治したのか、記憶も曖昧だ……。ただ、働いていた。

 痛み止めを乱用しつつ(´・ω・`)

 この世に神も仏もないものか――弱ったカラダにムチ打ち働く私、〆に、インフルエンザにかかった。うつされた。貴女様は違うでしょうが、マスクもせず、手でふさぐこともせず、ひどい咳を容赦なく浴びせかけてくる顧客ってヤツめもいるのだ。大丈夫デスカ……。

 カオで心配してココロで嫌がって(´・ω・`)

 で、このアンラッキー3連ちゃんによって満足にご飯を食べれない日々の続いた私の体重は40キロ台半ばになっていた。 FIC
FIC
FIC
FIC
FIC
FIC
FIC
FIC
FIC
FIC  


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2017年07月10日

always wanted her to be like


Grey stubble covered his cheeks and the sagging skin beneath his chin. He did not look much like the wizards in Old Nan’s stories, but even so... “Could you bring back a man without a head?” Arya asked. “Just the once, not six times. Could you?” “I have no magic, child. Only prayers. That first time, his lordship had a hole right through him and blood in his mouth, I knew there was no hope. So when his poor torn chest stopped moving, I gave him the good god’s own kiss to send him on his way. I filled my mouth with fire and breathed the flames inside him, down his throat to lungs and heart and soul. The last kiss it is called, and many a time I saw the old priests bestow it on the Lord’s servants as they died. I had given it a time or two myself, as all priests must. But never before had I felt a dead man shudder as the fire filled him, nor seen his eyes come open. It was not me who raised him, my lady. It was the Lord. R’hllor is not done with him yet. Life is warmth, and warmth is fire, and fire is God’s and God’s alone.” Arya felt tears well in her eyes. Thoros used a lot of words, but all they meant was no, that much she understood. “Your father was a good man,” Lord Beric said. “Harwin has told me much of him. For his sake, I would gladly forgo your ransom, but we need the gold too desperately.” She chewed her lip. That’s true, I guess. He had given the Hound’s gold to Greenbeard and the Huntsman to buy provisions south of the Mander, she knew. “The last harvest burned, this one is drowning, and winter will soon be on us,” she had heard him say when he sent them off. “The smallfolk need grain and seed, and we need blades and horses. Too many of my men ride rounseys, drays, and mules against foes mounted on coursers and destriers.” Arya didn’t know how much Robb would pay for her, though. He was a king now, not the boy she’d left at Winterfell with snow melting in his hair. And if he knew the things she’d done, the stableboy and the guard at Harrenhal and all “What if my brother doesn’t want to ransom me?” “Why would you think that?” asked Lord Beric. “Well,” Arya said, “my hair’s messy and my nails are dirty and my feet are all hard.” Robb wouldn’t care about that, probably, but her mother would. Lady Catelyn Sansa, to sing and dance and sew and mind her courtesies. Just thinking of it made Arya try to comb her hair with her fingers, but it was all tangles and mats, and all she did was tear some out. “I ruined that gown that Lady Smallwood gave me, and I don’t sew so good.” She chewed her lip. “I don’t sew very well, I mean. Septa Mordane used to say I had a blacksmith’s hands.” Gendry hooted. “Those soft little things?” he called out. “You couldn’t even hold a hammer.” “I could if I wanted!” she snapped at him. Thoros chuckled. “Your brother will pay, child. Have no fear on that count.” “Yes, but what if he won’t?” she insisted. Lord Beric sighed. “Then I will send you to Lady Smallwood for a time, or perhaps to mine own castle of Blackhaven. But that will not be necessary, I’m certain. I do not have the power to give you back your father, no more than Thoros does, but I can at least see that you are returned safely to your mother’s arms.” “Do you swear?” she asked him. Yoren had promised to take her home too, only he’d gotten killed instead. “On my honor as a knight,” the lightning lord said solemnly. It was raining when Lem returned to the brewhouse, muttering curses as water ran off his yellow cloak to puddle on the floor. Anguy and Jack-Be-Lucky sat by the door rolling dice, but no matter which game they played one-eyed Jack had no luck at all. Tom Sevenstrings replaced a string on his woodharp, and sang “The Mother’s Tears, ““When Willum’s Wife Was Wet,   


Posted by ゃはねのは at 18:29Comments(0)

2015年05月06日

年前だけど、保母の

安倍さんの米国議会でのスピーチが、ネットでも話題になっていたけど、スピーチって言葉の問題だけでなく誠意とか伝えたい事が重要なんだから日本語でやればいいのにと思った。いい通訳ときちんと打ち合わせして言葉の解釈に齟齬が無いようにすれば、某読みの原稿より伝わるだろうに。まぁ内容についてもトンデモなんでここでは言及しないけど。

 前にも日本語の話を書いてきて、日本語は世界でも稀有な言語だって思うのよね。言語学や専門知識は無くっても、日本で生まれ育ち、日常日本語で考え日本語ををつかって暮らしているし。

 梅親瓶が幼児向けの教材の仕事をなすっていて、その難しさや愉しさを話していらっしゃったけど、絵本を自作したり保母の仕事をしていたこともあって、日本語を身につける幼児期ってすごく大きな影響があると思うの。

 国語教育の問題って云うと話が難しくなるんだけど、教科書の検定や歴史認識問題とかね。

 30数年前だけど、保母の国家試験を通信教育で軽く通ってしまった頃、いい気になって小学校教師の国家試験を受けてみようと思った事があるの。そんで勉強してたら指導要綱を暗記しないとならなくて、それを読んでいたらもうむりぃーってなって辞めた。

 とても自分には理解出来ないし、国語教師への道は放棄した。小学校の時に教科書で読んだ作品って覚えているかなぁ。国語の教科書で記憶に残っているのは「走れメロス」とか宮沢賢治とか、漱石があったような気がする。

 こういう国語教科書の定番作品も時代と共に変わっていって、高校教科書では、今は辻仁成とか糸井重里、田口ランディ、恩田睦、石田依良氏などの作家も取上げられているようだけど。

 今、手元に本も無くって記憶だけなんだけど昔、「話の特集」で教科書裁判の後に、国文学者の家永氏の監修で小学生向けの国語教科書が出版されて、とても素敵な内容だったの覚えている。

 おはよう。って多分、いあわさきちひろさんの淡いイラストの女の子が最初の頁で、次々といろんな国の女の子がその国の言葉で、おはよう、おはようって言うの。韓国やアフリカやインドやさまざまな国の子供達が歩いていって、おはようって伝えていく。シンプルで判りやすく優しい気持ちになるような出だしでね。勿論採用なんてされなかったけれど。  


Posted by ゃはねのは at 18:27Comments(0)

2015年04月15日

言葉を使いま


最近右向きゃ多様化、左向きゃ多様化と人権を武器に騒いでますね。

まぁだからと言って私は別に多様化を否定したいわけじゃないです。

時代が変われば生き方が変わるのは当然だからそれを否定するのは無理があります。

ただ、どう考えても個人のわがままを多様化という言葉を使って法律まで変えさせるのはどうなんでしょうね。

それからこれも最近よく聞く言葉だと思いますが、働き方の多様化。

確かに女性の社会進出が進んだりして人々は多様な働き方を求めていると思います。

そこで働き方の多様化という言葉が出てきたらなんかいい感じがしますよね。

でも、起業して自分一人で働いてるなら自由に多様な働き方が出来ると思いますけど基本的に雇ってもらってる人にそんな自由ってあるんですかね?

そこで今日の題名に戻りますが、働き方の多様化は視点を変えれば働かせ方の多様化じゃないんですかね?

しかも問題は雇われる側と雇う側のどちらの力が強いかといえば完全に雇う側ですよね?

ということは働き方が多様化するのではなくて働かせ方が多様化するんじゃないですかね。

つまり例え働き方が多様化したとしても働き方を決めるのは雇われる側ではなく雇う側なのではないでしょうか。

ただ、それでも働き方、働かせ方が多様化するならまだマシだと思います。

なぜならそれは現実社会を見れば明らかで現在非正規がどんどん増えて4割を占めているらしいです。

実際は多様化するどころか一つの働き方、働かせ方に向かってます。

でもそれは当然で雇う側は利益を上げなければいけないわけですから多様な働かせ方の選択肢があれば一番利益を上げる働かせ方で雇うに決まってます。

つまり働き方の多様化を求めるということは一つの働き方しか出来なくなる危険があるということです。

ただ、これをインフレ期にやるならいいでしょう。

それは前にもこのブログで言いましたけどインフレの時は雇用がたくさんあるので企業も一つの働かせ方だけでは人が集まらないからです。

でも、これをデフレの時にやると他に雇用がないから一つの働かせ方をさせられてもそれに従うしかない。

その働かせ方とは先ほども言ったとおり一番企業の利益になる働かせ方なので簡単に言えば雇われる側の賃金が下がるということでそれはつまりデフレを悪化させるというわけです。

ということは久しぶりにこの言葉を使いますが、結局働き方というのは手段であって目的ではないということです。

つまり今まで働き方の多様化が悪いことのように私は書いていますが働き方が多様化すること自体は良いことでも悪いことでもないわけです。

ただし、そのことを分かった上で議論をしないと雇う側の立場が強いという事実がある限り不幸になるのは常に雇われる側なのです。
修養與禮貌
年少輕狂的青春
ぼうぼうにな
クは、ハクや母ち
に落ちたも
を口から奪いた
ラソンを5回走っ
キの中から白い
う。そういえば
かよ、いろいろ   


Posted by ゃはねのは at 11:16Comments(0)ker isgt

2015年03月24日

少し手順が狂っ


今夜は、無理でも無茶でもないと思う。たぶん。

今朝はそこそこの時間に起きた。腰の痛みが取れず、立ったり座ったりの動きに時間がかかる。

それで出社したから、遅刻ギリギリになった。

週明けの仕事の整理をしていると、上司から指示が飛んでくる。事務から、システムの切り替え準備ができたから、手順通りにパソコンの設定を各自でせよとのお達し。

そういう作業をしている最中に、仕事の指示が来る。パソコンの設定切り替えをやっているのに、ネットワークサーバに入っているファイルの更新をせよというのは、勘弁して欲しい。設定作業だけで一杯一杯で、ネットワークを見られるようにするのに、結構な手間と時間がかかるのだから。

事務所で一斉に作業したものだから、少し手順が狂ったら、みんなであーでもないこーでもないといじくり回して、収拾が付かなくなった。いったん設定を戻して、メール送受信、サーバへの接続、印刷ができないと仕事にならないので、そこは回復させた。

なんだかんだで、10時。そこから、みんまでメシを食いに行った。入った店が12時までで、ホントにメシを食っただけだった。

それというのも、転勤する人がいて、こちらでの出勤が明日で最後だから、今日はメシを食おうということになっていた。設定で10時までかかったのが計算外だった。

で、終電で帰ってきて、午前様。ダメージはないと思うのだけど。腰浜だ、痛い、な。。。。  


Posted by ゃはねのは at 15:24Comments(0)ひねは

2014年09月03日

現在の新極真


先日、ロシアで行われた柔道の世界選手権で、100kg超級銀メダルを取った七戸龍は、分裂前の極真会館全日本ウエイト制で四度も重量級を制している、あの七戸康博の息子さんなのだとか。

七戸康博は、初期のウエイト制で、重量級では無敵振りを発揮していたものの、無差別全日本では優勝経験は無い。巨体を利した典型的なパワーファイターだった七戸は、正面から真っ向ぶつかる重量級同士の闘いと違い、軽量級選手にはフットワークを使って自身の圧力をいなされ、毎回、体重判定で敗れてばかりだった。

しかし、現在と違って、分裂前の層が厚かった頃の極真で四度も重量級を制し、当時三強と呼ばれた黒澤浩樹にも勝っている、紛れもなく極真史に残る強豪の一人。(記念すべき、第一回ウエイト制重量級覇者と言う点でも)

そんな父譲りの巨体にも恵まれた息子の七戸龍が、何故、空手ではなく柔道の世界に進んだのか? 本来なら、あれだけの逸材で、しかも元・極真の怪物の異名を取った七戸康博の息子なら、現在はフルコン空手界のエース的存在として活躍していても可笑しくないはず。

父・康博は、大山総裁死去の後、現在の新極真会の母体となった協議会派に属したが、その後離脱。現在もどこかの極真会系組織に所属していたはずだが、昨今の分裂状態が酷く、細分化しすぎている為、松井派や新極真会以外の組織は正直僕も分からない。

御大層な道場訓を掲げ、「武道精神」だの「押忍」の心だのを強調しながら、全然耐え忍ぶどころか、小さな個人的感情や損得勘定で組織の分裂を繰り返す始末。父・康博は、そんな組織闘争の渦中にありながら、息子にはこんな未来の無い空手界よりも、組織がしっかりしている柔道界の方を選ばせたのかもしれない。  


Posted by ゃはねのは at 19:09Comments(0)ker isgt

2014年05月16日

僕等がいた


暖かくなったり寒くなったり強風が吹いたり雨が降ったり地震があったり。

ネットから離れてはいないけれど、すっかり受け身になってしまってじぶんから言葉が出てこない。そういうときはとりあえず書いてみるのがいいはずなので書くなり。

ここ数日でレンタルDVDを8作も観た。『僕等がいた』の後編もやっと観た。どうせイケメンを集めた「いい話」になってるんでしょうとたかを括っていた『僕たちは世界を変えることができない』が思いの外よかった。ポルポト政権下のカンボジアのこと、知らなかったことを一緒になって恥じた。

googleリーダーのサービスが7月に終了するとのこと。便利に使っていたのにどうしようと、いくつか他のリーダーを試す。内容はgoogleリーダーからまるっと全部インポートできても、改めて見れば既に更新されていないサイトや関心をなくしたサイトもあるわけで、そういったあれやこれや今まで放っておいた引き出しの整理をするようなことが、ただ単になにかを捨てたり失くしたりではなく新しい何かに繋がっていけばいいのだけれど。

髪を切ったので首元がスウスウしている。
もちっと元気だそう。「私は私よ成分」が足りん。The last meet
灑脫的心境
流年中的往事
靑色の記憶
夢の中の憂鬱
shangniki
wenieri
The beautiful terrace
kweini
淺い思い出

  


Posted by ゃはねのは at 15:52Comments(0)ひねは

2014年03月27日

關於Mask House面膜的實用性的問題

小編在上大學之後開始研究面膜,用了角度款式的面膜,也在長期的使用過程中,對於面膜有了一些基本的認識,所以,對於您所提出的這個關於Mask House面膜的實用性的問題,小編主要想要給您以下幾點意見:
首先,對於任何一款面膜而言,最基本的功效就是美白補水,所以,這兩個功能也是Mask House面膜的最主要的功效,這一款面膜的實用性,小編覺得主要就是體現在這一個方面;
其次,關於Mask House面膜的實用性,小編覺得最關鍵的還體現在一個方面,就是它的包裝和外形,它的包裝和外形是非常的具有創意的,最主要的就是它的濃縮型是非常的強的,十篇面膜被壓縮之後完全就可以放在一個很小的錢包裏,是完全不會佔用太大的空間的,從這個角度上來說,是非常方便攜帶的,對於經常性需要到外地工作或者是出門在外的人來說,絕對是第一無二的最好的一個選擇;
最後,小編覺得這一款面膜的適用性是非常高的,也就是說Mask House 面膜好用,無論從最基本的護膚效果還是輕便的包裝,都是非常適用的,這就是小編的一點小小的意見,僅供參考,歡迎補充,謝謝!  


Posted by ゃはねのは at 13:14Comments(0)Mask House面膜

2014年03月25日

ておられるそうです


先日(というても確か11月)、地元で開催していたオーガニックフェスタという催しにチラ見に行って、手作り石けんを購入しました食べ物系

この石鹸はBlue-Handmade Soap というお店の商品です宇宙を浮遊
体に優しく、安心、安全で、なるべく国産かつ地産地消を目指した材料を使うように心がけて作っておられます学習機能を

この石鹸は、解禁日が11月24日でしたが、今使っているのがなかなかなくならないので、使うのをじっと我慢の子をしていましたが、手作りなのでなるべく早くつかってくださいねという製作者さんが書いておられるブログの注意事項を読んだので、早く使いたい気持ちの後押しになり使いはじめましたFOOT PRINT

ものすごく気持ちの良い石けんです。年齢的にもほったらかし期間が長すぎるせいもあり、しわしわの手の甲がクリーム要らずにはなりませんが、なんだかしっとり。(お若い方だとクリーム要らずになるかも)顔にも使用しました為昨日的愛送行

手作り石鹸というのは、作っておられる方の心意気とかもあり、良い材料で作っておられる場合が多いですクリスマスまでには

この石鹸もそうなんですが、手作り石鹸って「雑貨」でしか販売できないそうです初めてのボーナス

薬事法の関係で、顔や手や髪の毛に使う前提で、販売することには禁止されているんですって夜の心算

だから、使用者の自己判断と責任においてお使いくださいとしか言えないらしいんですが、私は手を洗った感触から、これは髪の毛にもOKみたいなお感じがして、髪の毛も洗ってみようかなと思っています(まだチャレンジしていません。今夜実行巷(ちまた)には虚像が いっぱい!)。

作っておられる方は髪の毛も、ご自分で作られた石けんで洗っておられるそうです。

オーガニックフェスタでは、製作者さんから直接購入したのですが、お肌も髪もとてもキレイな方でした。特にお肌は「めちゃめちゃキレイ」でした
今夜は寒くなか
全身、ご自分で作られた石けんをご使用とのことです。

髪の毛キシキシになりませんか?とお尋ねしたら、






  


Posted by ゃはねのは at 13:05Comments(0)ひねは